暮らしの道具が生まれる場所へ

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細かな模様を施した手打ちの金具をあしらい、漆塗りで丁寧に仕上げられた「岩谷堂箪笥」。高級感のある和の収納家具として、また、本物を知る目の肥えた粋人に好まれる家具として知られます。
長い年月を経て受け継がれてきた手仕事の丁寧さ、美しさが分かるには、良い品をたくさん見て感覚を磨くための時間が必要。若いときには「岩谷堂箪笥」を遠ざけた人も、時が経ってきちんとした家具が欲しい、と思ったときに、この上等な箪笥を選び取ることが多いそうです。
では、実際にどんなふうに箪笥は作られるのか。岩手県奥州市の岩谷堂箪笥生産協同組合にご紹介いただき、岩谷堂箪笥の作り手のひとつを訪ねました。
ワンランク上の和モダン
岩谷堂箪笥の起源は江戸時代の天明時代。岩谷堂城主、岩城村将が家臣の三品茂左右衛門に、箪笥の製作、塗装の研究、車付きの箪笥を作らせた頃からです。
木目が美しく丈夫なケヤキと漆、金具で知られる岩谷堂箪笥は、一棹あるだけでも存在感は抜群。高級旅館や料亭などでも見かけます。最近は、自宅でソファーやテーブルと上手に組み合わせ、和モダンのインテリアを実践される方も。
実は、岩谷堂箪笥をはじめとした和家具は、海外でかなりの人気。欧米では、どんなインテリアを設えるかに住人の知性が表れると言われます。客人を招く機会の多い彼らにとって、クラス感のある岩谷堂箪笥は、ワンランク上のコーディネートにうってつけ。手間暇かけた手仕事の良さに惚れ込む外国の方からのオーダーが、しばしば舞い込むそうです。

世界にひとつ「手打ち金具」の魅力
岩谷堂箪笥の特徴的なデザインは、重厚かつ華やかな金具にあると言えます。鉄板や銅板を鏨(タガネ)と呼ばれる金具で打ち付けて模様を描く「手打ち金具」と、岩手県の名産・南部鉄器を鋳造して模様をかたどった「型流し」。
「手打ち金具」特有の美しいふくらみを作るためにタガネは欠かせませんが、時には、タガネそのものの制作から始めることも。工房には多数のタガネがあり、これらひとつひとつ全てが手作り。思い描く曲線を表現するには、道具となるタガネ作りも欠かせません。美しい仕上がりを目指す職人さんの心意気に感じ入ります。風神雷神などの勇ましい模様、見返り美人、咲き誇る牡丹など、モチーフは様々、自分のイメージを伝えて、デザインしてもらうことも可能です。もちろん、出来上がった作品は自分だけのもの。世界に一つしかない自分だけの家具を持つという贅沢を、是非とも経験してみたい。
一方、「型流し」には、古くから伝統的に用いられてきた、牡丹、鶴、巾着など、おめでたい柄が揃います。好みの金具で仕上げることも可能で、こちらもオーダーメード感覚。いずれにしても、仕上がりを待つ楽しみがありますね。

木取りから組み立てまで
岩谷堂箪笥では、丸太の状態でケヤキを仕入れ、数年をかけてゆっくり乾燥させます。丸太のまま数年野ざらしにすることで、狂いや割れが減少するのだそう。乾燥が終わったら、無駄なく部材を切り出す「木取り」を行います。機械が使われるのはこのときだけ。
木取りした部材の組み立てには、熟練の技が必要。鉄の釘は使わず、「組接ぎ」「仕口」と呼ばれる加工によって部材を噛み合わせます。引き出しが箪笥本体にぴったりと寸分違わず収まるよう、何度もカンナで調整します。わずかな狂いも見逃さず、この調整だけで数週間を要することも。組み立てられた引き出しは、重ねて上から見ても全く歪みがなく、精度の良さに驚かされます。

上等な箪笥は閉まらない?
「良い箪笥は引き出しを閉めると他が開く」と言われるのは、引き出しの奥の空気が別の段に逃げるから。ゆっくり閉めればちゃんと閉まります。これは、虫の侵入を防ぐため。大量生産の組み立て家具にはこのような機密性はなく、また、そういった家具は背面にけっこうな空間を余らせていることが多いのですが、岩谷堂箪笥は内部を余すところなく活用し、かつ虫が入らないようにと考えられた、機能的で上等な収納なのです。

漆塗り〜金具取り付け
箪笥としての形が出来上がったら、次は漆塗り。「拭き漆」という木目がはっきりする仕上げと、目地を漆で埋め、漆を塗り重ねて鏡面のように仕上げる「木地蝋塗り」というのがあります。どちらにも様々な色調がありますので、じっくりと検討を。
漆塗りの後、湿度と温度を一定の条件にして乾燥。余分なホコリがついたりしないよう、細心の注意を払います。
最後の工程は金具の取り付けです。金具は意匠面での役割が大きいですが、箪笥の角を守る意味合いもあります。丁寧に打ち付けて、ようやく岩谷堂箪笥は完成します。

暮らしに寄り添う「岩谷堂箪笥」
岩谷堂箪笥の評価が高いのは、インテリア性はもちろん、収納家具としての使いやすさと品質に優れるから。サイズの決まった規格品の岩谷堂箪笥も多く作られてはいますが、かつて、職人達は依頼元のお宅に泊まり込み、その家にぴったりの箪笥を作り上げるのが常でした。現在はそういった風習は残っていませんが、何をどう収納したいか、どこに置きたいのか、という要望に合わせて箪笥を作る姿勢は変わりません。これまでに数多くのオーダー家具を手がけてきた作り手なら、使う側の気持ちをくみ取るノウハウも持っている。自宅に合わせた幅や奥行きで、あるいは、その空間に似合うプロポーションで、自分の暮らしにぴったりと寄り添う収納を作ってもらえます。
長きにわたって技術を受け継ぎ、手間暇をかけて作られる岩谷堂箪笥。無難なインテリアでは物足りないと考える個性派の方や、子や孫の代までも長く受け継げる上等な家具が欲しいと考える方におすすめです。
くろだあきこ インテリアコーディネーター

実家にあった「暮しの手帖」のバックナンバーを眺めて育ち、「住まい」や「暮らし」のことを考えるのが大好きだった子供時代。 中学卒業後に入学した国立高専(5年制の、高校+短大みたいな専門学校)から、大学、大学院まで、専攻はずっと建築でした。 インテリアコーディネーターの資格を持ち、インテリアショップめぐりは趣味のひとつです。これまでに訪れたことのあるショップは、全国各地と海外合わせて300以上。現在は会社勤めをしながら、フリーのライターとして雑誌づくりなどに関わっています。 また、整理収納アドバイザー1級を取得し、片付けやすい&美しい部屋作りのコツについて専門家の立場からアドバイスしています。読売新聞「私・空間」持ち回り連載のほか、雑誌やwebで活動中。